2010年11月04日

余白帳

 一度しか使わなかった介護ベッドを業者の人が裏口から引き取りに来た。僕はいなかったけれど、この部屋で父と母と一緒に姉やユウちゃんとみんなで一晩眠ったのだという。それは五月の連休の病院の治療も休みの一日だった。落下しないように囲われた幾つもの骨が細かく解体されて、ベッドは少しずつ小さくなっていった。
 掃除機をかけて、もう夏だというので絨毯は片付けてしまうことにした。二階の姉の部屋に持っていくように母が言った。姉の部屋は、半分は物置あるいは、書庫のようになっていた。

「あそこは日が当たるからね」母が言った。
 
 膨大な数の鉛筆やボールペンや蛍光ペンやマジックや消しゴム、未使用のノート、単語帳、メモ帳や、メモ切れが引き出しや戸棚の奥からあふれ出てきて、母は呆れたようにため息を漏らす。書斎だろうと寝室だろうと父の行く先々の引き出しを開ければ、必ず真っ白い紙が出てくるのだった。準備のいい人だった。何かアイデアが浮かんでいた時、それを書き留める紙を探している間に逃げていったりすることが心配だから、いつも身近なところに、ちゃんと準備して置いていたのだ。その気持ちは充分に理解できるし、僕の枕元にだってメモ帳は一冊二冊はいつだって置いてあるのだ。無数のアイデアが浮かぶという前提で、父は用意していた。何百年でも生きるつもりだったのだ。余白しかない紙切れ。
「あんた、これ持っていく?」
 巨大なノートパソコンの中にはまだたくさんのデータが埋まっているのだろう。抱えてみるとずっしりと重い。とても僕には抱え切れないのだった。やめとくよ。
 押入れの奥からは、ハンカチや靴下やパンツの山が出てきた。靴下はちゃんと一つずつ束になっているし、パンツもちゃんと畳んであった。
「あんた、どれかいる?」
 僕は10種ばかりのハンカチの中から割りと気に入った一つを選んだ。
 攻撃的にみえる虫が、蜂か何かはわからないが頻繁に入ってきて、その度に警戒したり追い払ったりしなければならなかった。網戸にしようかと提案するのだが、あまり乗り気ではないようだ。「その方が風が入る」と母は主張する。裸の方が涼しいとか、そのようなことなのだろう。けれども、虫が入るという問題は残るし、風だけが入り虫が入らないという手立てはどこかにないのだろうか。虫の羽音を聞きながら、僕はずっと考えていた。


posted by 望光憂輔 at 11:47| はやかったね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月26日

遅れた骨壷

 兄の車に乗って車で再び火葬場へ向かった。他の者はノリちゃんの車や、他の人の車で向かうのだ。時が経つにつれて、だんだんと関わる人も少なくなってゆく。最後には、親戚の人も、町内会のハルちゃんも帰って、家族だけになるのだ。
 僕が大事に抱えて持ってきた骨壷を、火葬場の人が引き取った。遅かったので、別の骨壷を用意したからもうこれは使いませんと言う。公務員のように時間に厳しい。もう、父は真っ白く断片的に解体されていた。

「じいちゃんが消えた」

 無人のベッドを見て、ユウちゃんが言った。そうだ、イリュージョンみたいなことだ。
 ここはどこどこです。ここがどこだかわかりますか。牛の部位を説明するように、火葬場の人が言う。ここまで、ここまでばらばらにしなければならないのか。人間は、死んで終わりというわけにはいかない。色んなものを、解いてまとめなければならないのだ。骨を拾うのは、お祖母さんの時以来、あれは十年も前のことだった。けれども、熱かったという記憶、箸が滑るというほんの僅かな記憶があった。遠慮なく、どんどんと拾った。他の人の拾うところがなくなっても構わない。僕は焼肉を食べる時などとはまるで正反対に、遠慮なく父を拾い、壷に入れた。

「まあ、綺麗な歯」

 一本の入れ歯もなかったねと母が言った。
 すべての父は一つの壷の中に納まり、母の手に渡った。遺影を、と火葬場の人が言い、僕は兄を見た。兄は、無言で唇と手をほんの僅か動かして、それを僕に持つようにと示した。圧縮された父を取り戻して家へと連れ帰る。父は、どこよりも家が好きだったのだから。母は粉の父を抱き、僕は父の笑みを抱え、兄はしっかりとハンドルを握って家族を父の愛する家へと運んだ。父の眼は僕を見つめ微笑んでいた。今にも何か言い出しそうで、僕は視線を逸らし窓の外を見た。緑色の景色が続いた。

posted by 望光憂輔 at 00:15| はやかったね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月23日

魚の握手

「ごめんね」
 そう言う母の発音は、父が亡くなった朝、「お父さんが」と僕に電話越しに告げた時とまったく同じだった。結びついた二つの言葉を、僕はいつまでも忘れることができないだろう。ハナミズキを聴く度に、あの病院の傍の風のレストランでアイスコーヒーを飲んだ午後のことを思い出してしまうように。
 降りる人を押しのけるようにして、バスを降りたが、今度は別段急ぐ必要はまったくなかった。私はここでと町内会館の前でFさんは言った。けれども、数分後にはFさんは僕の隣でご飯を食べていたのだった。
「町内会の人にビールを注がないと!」
 姉が、町内会の島を指して言った。随分遠く離れた場所に、よっちゃんの姿が見えた。
「まだ先は長いじゃないか」
 そう言ってごまかした。(昨日のように遅くまで飲むものだと信じてもいた)
 一人一人回っていたら、きりがないのだし、ビールなんて自分で飲みたい人が飲めばいいのだ。
「さあ、どうぞ」
 僕は、Fさんにノンアルコールビールを注いだ。
「もう、あなたもじっとしていなさい。疲れただろう」
 Fさんは、もうそんなに気を使わないよう、いちいち遠方までビールを注ぎに回らないよう、ゆっくりするように言ってくれた。僕も安心して、ゆっくりと刺身などを食べることにしたのだった。
 僕の前には見慣れないおばあさんが座っていて、町で一番高い山の話をした。「何メートルくらいあるのでしょう?」富士山よりも高くないということはわかったが、はっきりとした高さがどうも思い出せなくて困った。おばあさんは、山のこと、山登りにとても関心があるようで、話す内に僕は、ああ、ノリちゃんのお母さんだったとよくやく思い出した。
 誰かがビールを零して、上着にかかってしまったと言い、僕は台所にタオルを取りに走った。隅っこに置いていた僕の上着ではないとわかり、少しほっとした。
「煙草は吸うんですね」
 しみじみとした手つきで、Fさんは会館の縁に腰掛け、外に向かって煙を吐いていた。こればっかりはやめられなくて、とFさんは言った。いつの間にか母が傍にいて、Fさんと話をした。いつの間にか兄がいて、気がつくと姉もいるのだった。そうして家族でFさんを囲んで、お礼を言って、見送った。
「ありがとうございました」
 町内会館を出てみんなで見送った。高い鉄棒のように凛々しく立ち上がるFさんは、若い頃の父のようだ。最後に僕は魚の匂いのついた手で、Fさんと握手をした。どうしても握手がしたくて、いつかしようと思っていたのだ。
「よく似ているね」
 眼が父に似ていると言われて、僕は最後もまた泣いてしまった。あなたの方こそ、似ているのだ。


posted by 望光憂輔 at 13:28| はやかったね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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