2010年10月23日

火葬

「あんたら早く降りなさい!」
 棺をとっとと持てと言う。バスから降りる人を先に降ろして何が悪い。僕らがあるいは僕が何もしないから、姉は何から何までやってしまう。けれども、その逆のことだってあるのだ。あるあるだ。

「もう見たら駄目ですか」
 と母が訊いた。
 姉が母に添って、父と最後の対面をするのを僕はずっと遠くから白い壁に張りついて見ていた。母は耐え切れずに泣いてしまった。姉がわるかったねと言っているように見える。棺はレールに沿って暗い穴の中に吸い込まれていき、銀の扉が堅く降ろされた。扉の前で、母が動き出すまで何一つ動くものはなかった。母は小熊のように丸まっている。さあ、これをと促されて、これですかと母は訊いた。ボタンの前に持ち上がった母の指は、それでもしばらくの間動くことなく、その他に動くものは何もなかった。ようやく動いたのは、母の唇だった。
「ごめんね」 
 言いながら、最後のボタンを押した。
 扉の奥で炎が音を立てて燃え上がった。同時にみんなが動き出した。母の言葉によって泣き崩れる者もあった。部屋の隅っこで、あの強かった(僕が泣いてばかりの時も大きな声で父を励まし続けた)Fさんまでも、泣いている。

posted by 望光憂輔 at 00:22| はやかったね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月22日

葬儀

 直前になってやはり上着を着ることにした。僕が着ていないことによって着なくても大丈夫という空気を世界に向けて発したいという特別な思いもなかったし、上着をただ置いているというのがいかにも置いているみたいで嫌だったし、何かと通行の妨げになることも避けたかった。いくら暑くても、これは最後の本当に最後の大切な時間かもしれないのだから、そういうことで上着を着ることに決めたのだった。
 代わる代わる神主さんが父の前に座って、父の生まれたこと職業のこと出世のこと町内会のこと、結婚のこと子供を儲けたこと兄のこと姉のこと僕のことについて、歌った。神主さんの服は、方々を回ってきたためか所々に汚れが目立った。縮まった蝋燭の炎が風で度々消えてしまうのを、別の神主さんがチャッカマンを使い再び点火した。一生分も歌にすると長いような短いような時間だった。
 喪主が呼ばれて、和服を着込んだ母がゆっくりゆっくりとミノムシのように進み出て、神主さんから玉串を受け取った。続いて兄が、続いて僕が呼ばれた。僕は昨日ほどには強く手を叩かないでおいた。どうせ誰も何が正解かなんて知らないどころか、気になんてかけてはいないのだから。二度礼をするところを、僕は簡略化して一回も礼をせずに、引き下がった。水元の奥さんのところで、泣いたから、もう僕はこんなところでは泣くことはないのだった。
 ポケットから紙切れを取り出して、昨日と同じように兄が挨拶文を読み上げた。昨日と違うのは、今日は大勢人があふれて会館の外まで人があふれているので、マイクを使って読み上げたということだった。ゆっくりと、兄は挨拶文を読み上げた。昨日とは違って、今日は母と僕も兄の隣に立って、人々の方を向いていたのだ。姉も後ろに立っていたかもしれないが、それはわからなかった。
 棺が中央に運ばれて、中に花々が入れられる。父は花が好きで、カメラを持って散歩に出かけては花の写真を撮ってそれをブログにも載せていた時期があり、一度二度僕がコメントしたこともあったけれど、父はそれが僕だとは知らなかっただろう。いつかそれは中断されて、暖かくなる頃にまた再開されるかもしれないと密かに期待しながら、何度かの春を回ったけれど、ついに実現することはなかった。
「浩二君も」
 茫然と立っているのは、兄と僕の二人だけだった。誰かが、僕に花の一切れを手渡して父の顔へと誘った。100年の春が押し寄せた畑のように花であふれると、今度は綿切れに酒を染み込ませて各々、父の唇に持ち運ぶようになった。飲めもしない酒を、大勢で飲ませにかかった。
「浩二君も」
 誰かが、綿の一切れを手渡して父の唇へと誘った。最後の酒を浴びた父の唇は、おかげで薄っすらと開きかけていたのだった。
 最後に玄関前で撮った家族写真を父の胸にあずけた。扉が閉じられる。
 棺の頭を抱えて車に運んだ。近くに兄が見えた。Fさんが、胴体を抱えてくれた。バスに乗り込んで、兄と並んで座った。会館の外には、大勢の黒い服を着た人がいて、様子を見届けていた。バスが通り過ぎる時、道に並び立つ人々はみな一様に深く頭を下げていた。
 車がデイホームの前を通りかかると(父が月に7日アコーディオンを持ち演奏に通った場所だった)、10人を超す人々が表まで出て頭を下げているのが見えた。
 自分などただの息子に過ぎない。僕は父の成してきたことに打ちのめされそうだった。

ラベル:小説
posted by 望光憂輔 at 18:08| はやかったね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

昼休み

 外に出て夏の陽射しをあびた。雨が降るよりは、よかった。
 水元の奥さんが近づいてきた。やはり、水元の奥さんだった。
「先生、あの時は……」
「あの時は一番大きく眼を開けました。とてもよくわかってましたよ。ありがとうございました」
 水元の奥さんを見ていると、ついこの前の病室での父の姿を思い出してしまう。僕にとっての最後の三日間を、思い出して泣いてしまう。
「最後に握手をしました。しっかりと握ったんです」
「そう。よかった」

 掲示板には町内会の今月の行事が書かれていた。褐色の木の柱の上をたくさんの蟻たちが列を成して、伝言を運んでいる。伝達蟻だろうか。受付のところにベレー帽のおじいさんの姿が見えた。あの帽子ですぐにわかる。ずっと睨みつけているとおじいさんは、ゆっくりと近づいてきた。軽く礼をしてみたが、おじいさんはそのまま通り過ぎて行ってしまった。
「先生はやかったね」
 誰かの声が聞こえた。夏休みについて話すように言った。やはり、昨日よりも随分と暑い。午後になるともっと暑くなるのかもしれない。
「ゆきおの母です」
 言われなければわからなかった。一人で突っ立っているから、僕の方はわかりやすかったのかもしれない。中学校の時の同級生のゆきおくんのお母さんだった。そう言われれば、確かにそんな面影がある。昔のおばさんと、ゆきおくんの。おばさんには大人になってから会った記憶はなかった。ゆきおくんのことも話に聞いたことはなく、おそらく町を出てどこかの都会で暮しているのだろう。
「寂しくなるね」
「はい。寂しくなります」
 はやかったと言われるよりも、それなら何倍も共感することができた。
「葬式の梯子ですよ」
 と誰かが言って笑う声が聞こえた。

 Fさんが、ベレー帽のおじいさんと話しているのが見えた。歳も同じくらいだし、昔からの知り合いなのだろうか。僕はFさんのところへ歩いて行った。やはり、昔の話をしているのだ。
「こんな息子さんがいるとは知らなかった」
 Fさんは、言った。
「誰だ?」
 ベレー帽のおじいさんは、僕を見て僕を見ずに言った。
「ほら、ここに」
「昨日、会いました」
 僕は苦笑いしながら、言った。

 従姉のアミちゃんの子供たちは、二人ともみるからに逞しかった。
「部活とかやってるの?」
「バスケットとテニス」
 サッカーではなかった。サッカーの話なら、色々とあったけれど。小さかった頃、ウルトラマンごっこやかくれんぼをしたことなどは、すっかり忘れてしまっているだろうし。
「少しだけ、覚えているよ」
 翔くんが言った。少しは残っているものなのだろうか。少し信じ難い気がして、少しうれしい心持になった。
「ポートはどこなの?」
 アミちゃんと赤外線通信をしたけれど、なかなか上手くいかなかった。アミちゃんは、機械に弱くて、僕も赤外線通信をするのは、とても久しぶりだったからだ。アミちゃんの旦那さんに教えてもらいようやくその場所を突き止めることができた。とても頼りになる旦那さんだ。テストでメールを送ってもらい、僕はそれを開いた。アドレスを登録しておかなくては。
「浩二くん」
 誰かが、僕を呼ぶ。もう式が始まるという。会館に入ってみると、昨日よりも大勢の黒い服の人々であふれ、いよいよ暑さを増しているのだった。すみませんと人をかき分けて、なんとか兄の隣にたどり着いた。短くなった蝋燭が細く灯っていた。昨日よりも、神主さんの姿が多い。


posted by 望光憂輔 at 00:58| はやかったね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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