2010年10月21日

最後の食事

 町内会館には、既に多くの黒い服の人の姿があった。台所には、町内会の女の人が二人立っていて、町内会の人はいい人なのだから、僕は挨拶をしに行った。まあ、浩二君とやはりいい人で僕のことを覚えてくれていたり、話に聞いて知っていてくれたりするのだった。夕べ食べっ放しにして帰ったラーメンの残り汁なども、ちゃんと捨ててくれたに違いないのだった。「浩二くんは、あまり変わらない」長いテーブルの向こう側に、水元の奥さんと思われる人がいて、話をしたかったけれど、長いテーブルを越えていくのも不自然ではないかと気になり、また万一人違いであったりしたら、なおさらおかしなことになると思うと足が動かず、台所から離れて、既に胡坐をかいている兄の横に座った。
 ユウちゃんが、やってきて素っ裸になると見知らぬ親戚たちの周りを駆け回り、はしゃぎながら、踊ってみせた。ユウちゃんは、たった一人の小さな子供で、黒い人たちの中で王様だった。けれども、昨日よりも気温が高いのは明らかで、僕も上着を脱いで傍らに置いていたのだ。
 従姉のアミちゃんだ。小さい頃にだけ遊んだアミちゃんの子供が、あんなに大きく、もう高校生にもなっている。僕が何もしていない間に。
 Fさんの姿が見えた。こっちへどうぞ、来てください。
「こんな高いところへ。私など……」Fさんは、母の次に父の傍にいてくれた人だ。時には、毎日のように足を運び、父を励まし続けてくれた。とても、大きな声で。「先生! 早くよくなろうね。先生! 頑張ろうね。もう少しだから、頑張ろうね。先生!」まだまだ、僕は先生に教えて欲しいことがたくさんあるのです。
 父の前で、最後の昼食をみんなで食べる。兄は運転するのでノンアルコールビールを飲んだ。Fさんはお酒を飲めずにノンアルコールビールを飲んだ。周りの飲めない人の日本酒が、僕のコップに継ぎ足されるが、僕も酒を恐れて全部を飲み干すことは慎んだ。エビを食べても、蕎麦を食べても、何も食べてもおいしい。お父さん、おいしいよ。
 棺の上には、誰かの置いたお酒があった。よっちゃんが置いたのかもしれない。

posted by 望光憂輔 at 00:02| はやかったね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月20日

人違い 

 家に訪ねてくる人があった。タクシー運転手の武田さんか。
「あーどうも」
 僕は久しぶりですと言うように頭を下げた。どうやら別人であった。
「あーどうも」
 と昔の武田さんに似た人は、僕を知るように言った。
「いいえ、これは弟です」
 母が言った。互いに相手を捉え損ねていたことが判明した。
「どうも、わざわざありがとうございました」

posted by 望光憂輔 at 23:21| はやかったね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

最後の一夜

 風呂に入ってから、お泊りセット(歯磨きセット、文庫本セット、タオル)を持って再び会館に行った。テーブルを囲んで町内会の人たちがアラレやスルメを食べながら缶ビールを飲んでいた。肉や魚や野菜や飯があると思っていたので、少しがっかりしながらノリちゃんの隣に座った。町内会のよっちゃんが、兄の隣で缶ビールを何本も空けながら長い話をするのを兄は時折頷きながらずっと聞いていた。僕はテーブルの角でスルメを食べながら、よっちゃんの話に耳を傾けながら、時々反対側の角にいる町内会のハルちゃんの話を聞いたり、その隣のハルちゃんの奥さんに夕べもらった竹の子のおいしかった話などをした。兄は、ずっとよっちゃんの話を聞き続け、随分と缶ビールばかり進むようだった。僕は何度も冷蔵庫まで通い、兄やよっちゃんや、他の町内会の人たちのビールを持ってきた。ハマちゃんは釣りの名人で、よっちゃんもなかなか勝てないのだという。町内会の人は、みんないい人だ。けれども、一番よくしゃべり、よく飲むのはよっちゃんだった。
「明日は先生に飲ませてあげるからね」
 一時も途切れることのなかった話は、21時を回って「それでは我々はこの辺で」というよっちゃんの言葉で突然に終わった。みんなが帰ると静かになり、テレビをつけると法律相談のバラエティーをやっていた。兄に煙草をもらって、吸った。夏の夜なのに、少しもむし暑くはない。

 蚊取り線香とおにぎりとラーメンを抱えて、ノリちゃんが家から戻ってきた。今日は三人で、父と蝋燭の番をするのだ。「尽きるのは5時くらいか」ノリちゃんが計算した。兄はどん兵衛を選び、僕は塩ラーメン、ノリちゃんはワンタンメンを食べた。ノリちゃんはどれでもいいと言い、僕もどれでもよかったのだ。空腹に吸い込まれていくラーメンは、涙が零れそうなくらいにおいしかった。「父も、麺類が大好きだった」
 何度回しても見つからないのは、ここではやべっちFCは放送していないからなのだった。代わりにノリちゃんと、サッカーの話をした。長友の話、大久保の話、松井の話をした。話す内にノリちゃんも眠ってしまい、僕も歯を磨きテレビを消して、会館の半分の電気だけ消して眠った。その内、ノリちゃんのイビキが強大化して僕は随分と距離を取ったのだが、どうにもならずに再びテレビをつけるとまだスポーツニュースをやっていた。イビキ音が吸収される音量を保ち、目を閉じた。4時くらいに目が覚めた時、蝋燭は短くなっていたが、まだ灯っていた。再び目が覚めた時、蝋燭は新しいものに換わっていて、やはり灯っていた。6時を回った頃、ハルちゃんがやってきた。
「こんなところじゃ、眠れなかったろう」
 家に戻って休めとハルちゃんは言った。町内会の人たちは、みんないい人だ。

posted by 望光憂輔 at 02:16| はやかったね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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