2011年11月25日

回想駅伝

 エスカレーターには人一人が通れるほどのスペースしかなくて、人の横を通り抜けてゆくことはできない。前の人が立ち止まっていれば、その後ろの者も立ち止まっていなければならず、だから僕はずっと立ち止まったまま、前を塞ぐ人の背中を見つめているのだった。間に合うだろうか。順調に行けば、次の列車に間に合うはずだが、まだプラットホームは遥かに先だ。身動きの取れない姿勢で、見知らぬ人の背中を見つめたまま僕は機械的に運ばれてゆく。
 人数が足らないので試合に出てほしいという男は名前を名乗らなかった。とにかく出てほしいというけれど、どこで試合があるのかもよくわからない。「誰なんだ?」どうしても、出てほしいと言うのだが、詳しいことは何もわからなかった。どうしてこちらの電話番号がわかったのか不思議である。「駅は、どこですか?」こちらから確かめなければ何も始まらない。集まりが悪いのでどうしても来てほしいというそれはどうやら鳥取の方だということだ。
 家に戻る度にホワイトボードに文字が増えているのだった。元気ですという文字の下に誰かが元気ですと書き、そのまた下に元気ですと書き連ねてある。同じ元気ですを僕が一人で書くということはあり得ないことなのだから、この家には僕以外の誰かが出入しているのだ。気になって、ベッドの下や、冷蔵庫の裏を探ってみたけれど、文字を書きそうな連中はいなかった。
 エスカレーターは、ゆっくりと上に向かってゆく。長い長い上りの途中だ。
「今日ですか?」と問うと、日曜日まで毎日あるのでどうしても出てほしいという。「遠いので」と断ると待っているのでどうしても来るようにという。
 家に戻ると知らない人が集まって麻雀をしているということがあった。ホワイトボードを見ると勝負はこれからとか、自分を信じてとか、奇跡を起こせとかいった文字が増えていて、やはり僕以外の誰かが出入していることが明らかだった。盛り上がる麻雀と黒い煙から逃れるように、僕は二階へ上がった。
 発車のベルが鳴り響く。けれども、エスカレーターはまだ僕を運び終えない。長いベルだった。いつまでもそれは、乗車希望者を待ち続けるように鳴っていた。列車が動き始めた後も、鳴り止むことはなかった。もしかしたら、別のサイレンの一種だったのかもしれない。
 閉めたはずのカーテンが少しだけ開いている。閉めようとすると風が入り込んで、開いているのはカーテンだけではないことがわかった。一度、カーテンをすべて開けてみた。その時、ベランダに胡坐をかいた髪の長い男がいるのを見つけた。目が合うと、男は何かをついに見つけたような目をして、今にも動き始めそうだった。急いでカーテンを引き、男の視線を遮った。扉を閉めて、カーテン越しに鍵を掛けた。ホワイトボードに、落ち着いて、冷静に、気を確かに、と書き込んだ。ゆっくりと、もう一度カーテンを開けてみるとベランダは完全な夜に支配されたところだった。
 列車はどこにも止まることなく、折り返し地点にまで行くとそこから折り返し運転を始めた。どこで降りようとも、それは僕の知らない駅だった。どこで降りるべきか、動き始めた列車の中で僕は答を見つけなければならない。今日までのどこかに、そのヒントはあっただろうか。僕は目を閉じて、心地良い揺れの中で回想を始めた。

posted by 望光憂輔 at 02:57| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月23日

空寝

 ゆっくりと速度を落とすと運転手は急にハンドルを大きく切って車をUターンさせた。どうして、ここで方向転換をするのか、道を間違えるにしてはあまりにも見通しの良すぎる道だった。「今日は大勢だから別のルートを選んだのね」と姉が言った。「姉ちゃん、行ったことあるの?」姉は、前に一度、まだ小さい頃に行ったことがあると言った。何もない道が続いて、変化のない雲を眺めているとうとうととしてきた。

 刀を持った子供ヒーローが次々と集まって悪役を取り囲み、代わる代わる切りかかる。止めをさしては終わってしまうから、ヒーローは微妙に力を落としては、次の友達に役目を渡す。ぐるぐると回りながらとめどない攻撃を繰り返す子供ヒーローの前に、三体の悪役はなす術もなくただ弱々しい抵抗。「もっとやれ! もっとやれ!」同世代の友達ってなんて素晴らしいのだろう。横を見れば、兄もテレビの中のヒーローに夢中だ。

 どこででも店員さんを呼べるように、僕は円盤を買ってきたのだ。袋から取り出してみるとやたらと円が大きい。真ん中のボタンを押すと、風が吹いたような音がした。失敗。これでは役に立ちそうもない。パッケージを見ながら「500円!」と姉が叫ぶ。「違うよ。100円だよ」僕はその値段はうその値段だと必死で訴えた。「100円だよ!」兄が円盤を手に取って、真ん中のボタンを押す。風の音を聞くと、鼻で笑った。「さて、バナナといえばこの人」テレビからは、バナナに因んだ有名人らしき人が登場する。誰? 知らないのか、興味がないのか、誰も答えない。

 ロッカールームには、紙くずや脱ぎ散らかした服、外れた扉が散乱していた。細々とした物を片付けた後に、重い扉だけが幾つも残った。自分一人の力だけではめ込んで元通りにする、一瞬それをイメージした後、すぐに打ち消した。適当につけてしまっては、すぐにまた外れてしまうかもしれない。外れた扉を幾つか抱えて、受付まで戻るとみんな忙しそうにしていた。「それで時間がかかったのか?」扉を見ながら先輩が言い、僕は大将の首を持ち帰ったような心地だった。外出から帰ってきた外国人にキーを渡そうとキーボックスの中を見ると、飴玉とメッセージが入っていて、僕は一瞬その文面に目を走らせてから飴玉を手に取り、外国人に向けて差し出した。

 カードに書かれたテーマに添って順番に話をすること。小林さんが簡単にルールの説明をしてくれた。「この部屋だったら子育てしたくなるね」と小林さんが言うように、適度に広く、白を基調とした落ち着いた雰囲気の部屋だった。「そうそうこのカーペットが……」そう言いかけて床を指差すと、そこにカーペットはなくてフローリングの所々に布団が敷いたままになっているのだった。「壁の模様が……」と僕は言い直した。壁一面には、悩み多き羊の頭のようなものがもこもことくっついていた。「小林さん、新しいギャグを練習しておいたら?」おばさんに、不意に提案されて小林さんはばつがわるそうに眼を細めた。けれども、それによって変調を来たしたのは僕だった。トイレの中で、唾液とオレンジジュースを交互に吐き出した。出しても出しても唾液とオレンジジュースはおかしいほどに出てくる。その大いなるおかしさの中にすがって、今トイレの外で起きている出来事は、すべて遠い国の出来事であるように信じた。吐けば吐くほどおかしくなり、時間は過ぎて、世界は遠退いた。部屋に戻る頃、パーティーは終盤に差し掛かっていて、僕はそっとドアの隙間から転がり込んで横になり眠っている振りをした。ずっと眠っていたんだ、というような……。誰かの体が、肩にそっと触れた。けれども、眠っている僕は目を開けられない。僕の他にも、誰かが眠っているのかもしれない。やわらかい……。パラパラと拍手が鳴って、ざわざわとするのを、無数の足音が踏んづけて行くと、やがて部屋そのもののように静かになった。誰かが、僕の名を呼ぶ。三度目の名で、僕はそれを初めて聞いたかのように目覚める。「もうみんな行ったよ」と誰かが教えてくれる。女の子だと信じていた僕の肩に触れているのは、白い猫だった。再びトイレに戻って小さな用を済ますと、僕はバスに向かって飛行を開始する。真っ直ぐ、バスの側面に向けて近づいてゆく。バスはまだ止まっている。扉は、閉まっている。


posted by 望光憂輔 at 22:42| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月22日

不戦敗

 闇の中を逃げ延びて、迷い迷いたどり着いた夜明け、玄関には貼り紙があって家賃380円アップと書かれている。家の中には誰もいなかった。そして、3つのフライパンには、それぞれ種火が点っていた。「姉ちゃん、火がついていたよ」帰ってきた姉に報告しても、姉は信じようとはしなかった。
「餅ちょうだい!」と言って二人の子供は両方から僕の腕を叩いた。人見知りだと思っていたのが、実はそうではなかったのだ。「餅はね、最近は作ってないんだよ。正月でも、餅は作ってないんだよ」僕はもう出かけなければならなかった。今日が大会当日であることに、当日気がついたのだ。8時半開始とは、いくらなんでも早すぎる! 「行ってきます」と家族に別れを言って、家の周りを回ったがどこにも僕の靴がなかった。裏口や西口や色々なところを探しても、誰かが間違えて履いていったのか、僕の靴はなかった。一瞬、あったと思い近づいていった時、それがよく似ているけれど実は違うということに気がついてがっかりとした。家の周りを何周かして、結局その似ている靴を履いて僕は出かけた。靴を履く瞬間、下駄を履いた老人が僕のことを見ていた。盗人を見るように見られていたのかもしれない。タクシーを拾おうとして手を上げた。ちょうどその時やってきたのがリムジンタクシーだったので、慌てて手を下ろした。もう一度封筒を開けて、プログラムを見返すと7時半から開会式が始まり、確かに試合開始は8時半になっていた。僕は封筒を上げてタクシーを拾った。いつの間にやってきたのか、ドアが開くと複数の男女が一斉に乗り込んだ。僕は呆然とその様子を見つめていた。「いいですか?」と運転手がなぜか僕に向かって微笑んだ。「いいです」そして、僕は地下鉄の階段を下りた。どうせ間に合わないことはわかっていた。遅れながら、確実に近づくことを選んだ。

 階段を下りて長い通路を歩いて、ドアを開けると会場ではお茶会のために多くの人が集まっていた。「地下鉄はどこですか?」誰構わず訊いた。女は、ドアの向こうを指差した。僕はすぐに歩き出した。確実に近づき、近づくごとにまた人に訊いて確実に進んでいくつもりだった。ドアの向こうでは別のお茶会が開かれていて、みんな正座をして座っている。人々の背中をかきわけて、先を急いだ。先頭集団に近づいた頃、1つの背中を振り向かせ「改札はどこですか?」と訊いた。女は振り返り、1つの方向を指差した。「元々そこが正しい道だから」と言った。
 30分遅れれば、棄権とみなされてしまうだろう。遅れて試合に入ればそれだけ大きなハンディを背負ってしまう。けれども、不戦勝となる直前で相手が現れたとしたら、そしてその相手と戦わなければならないとしたら。それもまた少なからずプレッシャーのある戦いになるはずだ。戦うことと戦わないことの差は、とてつもなく大きい。遅れてもいい。遅れるくらいなら遅すぎるということはない。ドアを開けると玄関が現れ、お茶会に参加する人々の靴であふれていた。靴の向きを揃える老人に、「改札はどこですか?」と訊くと、「上だ」と言うので、階段を上った。

 ドアを開けるとすぐにテーブルが置かれ、その端すれすれのところに幾つもの陶器が並べて置いてあった。もう少しのところで、触れてしまうところだった。触れる前から、陶器は各々兎のように震えており、少しでも触れてしまえばテーブルから落ちて割れてしまうところだった。僕は寸前のところで罠から逃れ、引っ込めた両手を下げた。「日本人か?」二人の内の一人が言った。僕は黙って頷く。「江口のドラマは見たのか?」僕は見たと答える。「だったら仕方がない」男はあっさりと諦めた様子で、次の目標物に切り換えるように目を灰色にした。その時、僕は難を逃れた両手がテーブルの下にくっついて離れないことに気がついた。得体の知れない強力な接着力で、くっついている。「おーい!」僕はたまらず抗議の叫びを上げた。「この手はいったいどうなっているんだ!」

posted by 望光憂輔 at 21:13| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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