2011年09月28日

夢のゴール

 家賃をちゃんと振り込んだ後は、その明細票を持って帰り部屋に飾っておくことにしている。それは何かの安心のためだった。もうちゃんと振り込んだから、ここに住んでも大丈夫という安心。先のことはともかく当面のとこは、ここに住みここで食べたり眠ったり夢見たり、夢見たことを記録に残してネットを通じて世界に発信したりできるのだと思うと、少し安心できる。
 狭く限られた空間の中で許されるボールタッチ、ドリブルがある。それは机の脚や、椅子の根本に当たらないように気をつけてするドリブルだ。僕は動いているようで動いていないドリブルを編み出す。前へ行こうとしたり森に行こうとしたり、後ろへ行こうとしたり京都に行こうとしたり、右へ行こうとしたり海に行こうとしたり、左へ行こうとしたりイスカンダルに行こうとしたり、そのような素振りの中で身体を動かして、何度もボールに触れるけれど、実際には僕はどこにも行っていないのだった。僕もボールもどこにも行かないが、ただ触れていると安心だった。実際に僕とボールがより自由に動き回ることができるのは、コサルの旅に出てからである。
 プレートモーニングを食べた後、コサルカップに出場すると僕はもつれながらゴールを決めた。何者かと(恐らくはそれは僕のシュートを阻もうとする勢力の中に含まれていた)もつれたために、僕はその場に倒れ込み昨夜の雨に濡れながらしばらくの間、夢を見ていた。

(緑男が引き返してきて店に入ったが、2名様ですかと間違われるのが嫌でしばらく表の看板の写真を眺めてから店内に入った。隅っこのテーブルに座り、隣のテーブルに手を伸ばしてメニューを取った。開くと文字と背景が同化して読み取ることができなかった。「カニの……」と告げて、後は店員が何か続きを言ってくれるのを期待することにした。「カニの……」おばさんはそこまで言って、何かを継ぎ足す気配を示さなかった。「バターラガー……メン、表に書いてあった奴……」と言っても、店員は「バターラガー……メン」と何も隙間を埋める言葉を示してはくれなかった。おばさんは、仕方ないという様子で表にその正体を突き止めに行ったきり戻ってこない。)

 夢から醒めて起き上がると、ゴール前に人の姿はなく代わりに僕の足先に触れたボールがふらふらと転がってネットまで到達するのが見えた。
 僕はゴールを決めたのだ。大会でのゴールは、普通のコサルの2倍から1000倍の感触、32倍から7億倍の感動があるのだった。
 ありがとう! コサルカップの神様!
 コサルチームメイトに駆け寄って、歓びを分かち合う。

 真昼の川は、闇の鱗だけが揺れている夜とは違って明るかった。橋の下には、釣りを楽しんでいる休日の午後の人々の姿も見られた。水面が日の光を浴びて輝いていた。それに吸い寄せられるように橋から身を乗り出して観察した。落葉が、無数の落葉が水面に浮び、やはりそれも輝きを放ちながら漂っている。ひんやりとした風の中で、僕は真夏のフルーツゼリーを思い浮かべた。


posted by 望光憂輔 at 21:43| コサルビト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月15日

プレートモーニング

 朝早くにコサルに出かけた。コサルの町に着くと、夜とは違ってコンビニエンスストアと人工的な明かり以外の町並み、それぞれの家の形が見え、道を歩けば夜よりもより遠くを、曲がり角を曲がればその遥か先の道やその先にある曲がり角の様子までもを見渡すことができた。そこにある町は、夜とは違ってより鮮明でより新しく家々が呼吸をしている音までも聞こえてきそうだった。水がすっかり引いた後に閉ざされていた幻の神殿が姿を現したような、朝だった。お腹が空いていた。フードコートは、朝が早いという理由で閉まっていた。うどん屋さんも、餃子の王将も、まだ朝が早いという理由で閉まっていた。

「この辺りに喫茶店はありませんか?」
 町の人に話しかけてみる。
「喫茶店なら、今あそこに人が歩いて行った道をずっと左に行き、打ちっ放しの傍にあります」
「ありがとうございます」
 コサルパーク・カステーロのすぐ前にそれらしき喫茶店はあった。
「朝はモーニングだけですか?」
 僕は焼き飯が食べたかった。
 マスターは、少し頷いてから奥へ姿をくらませ、モーニングの模型を抱え戻ってくるとこれだと言った。
 破れた部分がガムテープによって大型補強されたソファーに腰掛けて、プレートモーニングを食べた。分厚いトーストの中には目玉焼きのようなものが挟まれていて、充分な歯応えがあった。プレートの隅には、子供の頃好きだった林檎が一切れ載っていて一口含めば昔ながらの林檎の味がした。プレートの空いたスペースには、マスターの食べかけの菓子だろうか、ポテトチップスが散らばっていて、あたかも晩秋の落葉を思わせた。
 窓の外から、朝日がぱっと射し込んで落葉を照らした。落葉を食べながらホットコーヒーを飲むと、秋めいた暖かさの中で心地良く眠りの洞窟に引き込まれていきそうだった。
 このままここで眠ってしまったら……。
 コサルに来てコサルに行かずに眠ってしまったら、物語が変わってしまう。宇宙の原理が崩れてしまう。誰かが絵の具を足したように、一段と日の光が濃さを増した。晴れることは話には聞いていた朝、コサルカップが迫っていた。

posted by 望光憂輔 at 02:56| コサルビト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月10日

さあどうぞ

 押し出されるように電車に乗り込むと、読みかけの本を開いた。本の間にはしおりが挟んであったが、昨日自分が挟んでいた場所よりも少しだけ過去に遡って、何者かによってしおりは押し戻されているのだった。同じところを数ページ読んでいる間に、そのことに気がつくのだがいずれにせよ読んだ瞬間にそれは抜けて行っているのだから、自分が何を読んでいてもどこまで読み進めていても、それはあまり関係のないことだった。閉まる寸前のところで、スーツを着た男が駆け込んできて、息を切らせながら僕の隣に座った。大人になってから走るとしたら、泥棒を追いかける時、電車に駆け込む時、そしてマラソン大会に出て走る時以外には考えられなかった。

 階段を上がるとすっかり夜で、行き来する人の向こうから男が名刺を持って駆け寄ってきた。男は、名乗りもせずにただ「どうぞ」とだけ言って僕にやけに分厚い名刺を手渡したのだけれど、その白い表面のどこにも名前や文字のようなものは見当たらず、中を割ってみると出てきたのはティッシュペーパーなのだった。自転車がキーキーと車輪を鳴らしながら傍を通り過ぎた。ずっとキーキー言っているので、ベルを鳴らす必要もないくらいだった。

 コサルの授業が始まると鬼が追ってきたので、ボールを取られないように必死で走って逃げた。みんな鬼になるのが嫌なようで、必死で走って逃げている。鬼は鬼なりの立場があって、逃げ惑う人々を追いかけて一刻も早く鬼の役目を全うして、人間になろうと走っているのだった。鬼ごっこが終わると、もう敵も味方も鬼も人も関係なく、みんなどこからともなく集まったコサルの仲間なのだった。その証拠に、水分を取るためコートの外へ出る人のためにネットを持ち上げて支えてくれている人がいる。コサルの人々が次々と通り抜けるその間中、ずっとネットを持ったまま、人の流れが完全に途絶えるまで待っているのだった。「さあ、どうぞ。」

 シュートは、速度もコースも甘く、なのにキーパーの股を抜けて早くも1ゴールを上げることができた。その日は、そのようにして何となく運が良くて早い時間に3点取ることができたのだったが、その後自分の力で目前の障壁を越えてゴールを決めることができなかった。惜しいボレー、惜しいトラップ、惜しいキーパーとの一対一という状況を後少しのところで越えることができずに悔しい思いの方が強く残った。1点も取れない時は、ただ1点とだけ思うのに、取れば取ったでもっともっとという欲望が生まれる。その日、僕はもう1点が欲しくて仕方がなかった。前半の3点の中に、納得のいくゴールがなかったためかもしれなかった。

 四丁目駅のエスカレーターを下りるとプラットホームは壁に覆われていて、何者も落下できないような形になっていた。いつからか今のような形になっていたのだが、正確にいつからかは思い出せなかった。壁の中には数メートルおきに開閉式の扉が作られており、それはちょうど電車の扉の位置と重なるようになっているので、電車が到着し完全に静止するのを待って、扉が開くとそこから安全に人が乗り込むことができる仕掛になっているのだった。そのため、電車の側面にどのような落書きがあっても、それに対してああだと言ったりこうだと言ったりすることができなかった。(胸トラップまではよかったのだが……)胸の中で反省会をしていると、胸を隠しながら電車が流れ込んできた。「さあ、どうぞ」と言うように扉が開いた。

タグ:コサル
posted by 望光憂輔 at 14:21| コサルビト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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