2011年05月12日

明日にしよう

 束縛的だった時間が急にとけてしまって、みんなは口々にのど飴を入れて不安を発した。
「これからどうする?」
「後先を考えずにいきましょう」
 僕らは自分の庭を疎かにして、一斉に前を向いて走り出す。おぼつかない足取りなのは、架空の監督によって狭い世界の中に長時間閉じ込められていたせいだった。練り込まれた守備陣の前に、前進はいとも簡単に阻まれて即座に背走を余儀なくされてしまう。それでも急がなければならないのは生き物の宿命だった。
「明日にしよう」
 何もかも、あまりにうまくいかないのを見かねて、白衣の女が声を上げた。直ちに、みんなの足が止まって動かなくなった。左サイドから上がったクロスは、ファーサイドに浮かんだまま静止している。僕は左足でボレーシュートを狙った。けれども、左足は動かなかった。明日という言葉の響きが、時間を止めてしまったせいだ。自転車が後ろから近づいてくる。

「ゆっくりでいいよ」
 ずっと後ろから、母親が言った。
 男の子は少しよろめきながら、速度を落としながら自転車を走らせた。
「どうせ、信号、赤だからね」
 けれども、男の子は何も答えずに、母を置きこちらに近づいてくる。




ラベル:ボレー
posted by 望光憂輔 at 14:05| 冬の包帯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月09日

冬の終わり

包帯はもうとけはじめていた。


posted by 望光憂輔 at 02:57| 冬の包帯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月03日

出演依頼

 長編映画の中に閉じ込められているように、白い時間が空疎な命令文と執拗な遠心力とで僕を縛り付けているのだ。みんなが納得するまで、出て行くことは許されなかった。けれども、みんなにとってのハッピーエンドというものがあるのたろうか。そもそもそれをみんなが望んでいるというわけでもない。ともかくつらいことは終わりが見えないことだった。例えば、自分の現在位置がはっきりと見えていないことだった。監督だけがすべてを把握しているのかもしれない。だけど一度も、監督はこの現場に現れたことがない。だから、当面は、いつからそうなのかはわからないけれど、みんな手探りで演じている。互いに互いの反応を気にしながら、与えられた、与えられたと思われる役どころにすがり付いているだけなのだ。キーボードに沿う指の動きが、少しずつ滑らかになってゆくのがわかる。
 誤変換の確率が少しずつ低下しているのは確かなことだった。「左で良かったですね」みんなが同じように変換スタイルで労ってくれたのだ。僕は本当は左利きで、今だって普通の右利きよりも広い範囲に渡って左手を使うことができる。生まれ持っての左利きを、生きている環境の中のスタンダードに合わせるように、他人の意見と自分の意思とを合わせながら幼い間に矯正していったのだ。どれらいの人が、僕と同じようにそうした経験を持っているのだろう。ありふれた経験の一つが、いつも自分という肉体を通せば特別なものとして意味づけられてゆく。よかった。明日でなくて、今年の間で、僕で、保険があって、病院があって、先生がいて、ギブスが軽くて……。滑らかになってゆく手首が、その先の指が、悪かったことを本能的に良かった方に変換して、物語化してゆく。大丈夫、僕は、もう、まだ、大丈夫。
 長く伸び切ったうどんの橋を歩いている。男は窓の向こうでじっと通行人を見つめている。
「踊らないかい?」
「映画に出ないかという意味ですか?」
 インドカレーを作っているが、男は本当は映画監督なのかもしれなかった。
「もうすぐご飯が炊き上がるんだけど」
「先を急ぐので」
 僕は包帯の巻かれた方の左手を上げて通り過ぎた。急ぐことはなかったけれど、待つことが耐えられなかった。けれども、炊き上がる直前のご飯は、もうほとんど炊き上がっているのではないか。乾き切る直前の洗濯物が、もうほとんど乾いていて袖を通して歩いている内に、陽の光と冬の冷たいエキストラの視線を浴びながらすっかりと乾いてしまうように、食べることもできたのではないか。一つ一つの米粒が、自分の行き先を自覚して過酷な発熱の果てに育ってゆくように、僕の左手は育ち盛りの痛みと驚嘆を瞬間的に消化しながら回復の道を歩いている。治ることは、育つことに負けず劣らず美しい語感を持って、僕の指先で変換されてゆくのだ。何重にも念入りな監視の帯を従えて、彼らは残された僕の時間を拘束する。延々と回り続ける長編時計の渦の中で耐えている、大きいのは、水が飲めるかどうかの差だ。冷蔵庫の中から、僕はこっそりと水を持ち出して、物語の横道にそっと置く。飲食禁止のシールが貼られた、その真上に。
 観客が誰も席を立たないのは、誰もが席を立とうとしないからだ。静寂と静観の気配が人々を縛り付けている。
 包帯がとけて、人々は誰も僕のことを口にしなくなる。僕もすべてを忘れてしまう。何もなかった頃のように、何も思わなくなるのだ。

ラベル:左利き
posted by 望光憂輔 at 03:14| 冬の包帯 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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