2011年11月10日

球技大会

 床から見上げる彼女は何かを迫っているようで、たまらなく嫌悪感が湧いてきた。向こう岸へ渡り、顔を近づけてキスをした。近づいてみると、彼女はとても可愛らしく重ね合わせた唇の感触は、最も恵まれていた時期と何一つ変わってないようだった。彼女が離れてゆくことが、今さらながら惜しくなった。「眠たいの?」声だって、少しも変わっていないのだ。炬燵に深く入ることなど滅多にないから、眠たくなってしまうと僕は説明した。おじさんが階段を下りてくる音で目が覚めた。僕の隣で、彼女も眠っていた。
 乾いた田んぼの中で、彼女は2匹の犬とサッカーをして遊んでいる。浴室用のビニールシューズを履いて、母が用意してくれた紐で走っても脱げないように固定するのだけれど、紐が滑って上手く留めることができなかった。そうしている間に、犬たちは彼女を連れて、彼女は犬たちを追ってどんどん遠くまで行ってしまうのだ。ようやくなんとか固定を終えて、外に出た頃にはもう球技大会は終わっていた。ボールが行方不明になってしまったのだ。彼女は庭先で兄と話をしていた。ワンピース姿の彼女は少女のように見えた。「今日帰るの」ボールを探して歩く内に、徐々に紐が緩んできてかえって邪魔になるため外すことにした。普通に歩くくらいなら紐など必要ないのだ。田んぼの中で白いボールを見つけることはできなかった。泥に塗れて色が変わってしまったのかもしれない。あるいは、土の中に埋もれて見えなくなってしまったのかもしれない。家に戻って、泥だらけになった浴室用ビニールシューズを脱いで、スニーカーに履き替えた。2匹の犬は、柿の木の傍で互いの尾を追って回っていた。彼女の姿は、どこにも見当たらなかった。「今日帰るの」その時が、今を待たず過去形になってしまったのかもしれない。田んぼの中には、誰もいない。

posted by 望光憂輔 at 03:09| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月09日

侵入者

 3階にまで越してきたので今度は階段で下りることも容易だった。下りかけたところで、誰かが上がってくる気配、不吉な予感を感じ再び引き返した。鍵を締めて、ドアの内側で息を殺して待っていた。3階まで上がってきた足音は拡散しながら破壊的な音を立てた。どこかの、ドアは破られたようだった。
 黙って家を出たことは悪いことだったかもしれない。でも、僕の飛行の目的は町をパトロールすることにあって、それは善い心からきているのだから、この場合の善悪はどういうことになるのだろう。どこかで、僕の助けを必要としている人がきっといるのだ。僕は高度を一層上げて、長距離飛行に入る準備をする。消防車のサイレンの音が聞こえる。何台も、何台も、地上を消防車が通っていく。

 大林家は自転車専用道路に隣接していた。ペダルをこいで通り過ぎようとするが、坂道のある1点を越えることができず後退してしまう。勢いをつけて、乗り越えようとするが、なかなかうまくできない。少しでも早くその場を離れたかった。復讐のために留まっているなどと、誤解されてしまうことが嫌だったのだ。これで最後という力を振り絞ってペダルをこいだ。坂道のある1点には、見えない力が宿っているようで、乗り越えられるはずなのにどうしても越えることができなかった。ついに、転倒して自転車を失ってしまう。大林トンネルの中は真っ暗で家の人はみんな留守にしているようだった。ポケットから取り出したナイフを掲げ、その明かりを頼りに歩いた。誰にも会いませんように……。不安のあまり、鼓動が高鳴る。それは時を打つ柱時計の音だ。柱ごとに別々の時を刻んで、侵入者を迷わせようとしているのだった。窓の1つもどこにもない。ナイフの明かりが、瞬いて、もう少しで尽きてしまいそうだった。より深く迷子になっても構わない。トンネルの出口を求めて駆け出した。ついに、その果てから明かりが射し込んだ。誰かが家のドアを開けたのだ。おばさん……。おばさんの顔先に、僕はナイフを突きつけて立っている。「違います」そう叫んで、僕は大林家から逃げ出した。自転車道を全力で駆けた。おばさんは、僕の顔を見ただろうか。自転車が、坂道のある1点に残留して、何かを物語ることが怖くて、怖くて、振り返らずに駆け続けた。

「上着着てるの?」みんな半袖で、ポカリスエットを飲んでいた。いつの間にか夏になったのだ。ジャージを脱いで、ハンガーにかけた。
「あいつなら家にいるかもしれないぞ」
 僕の部屋にも近づいてくるようだった。あいつというのが、前に住んでいた奴を指しているのか僕のことを指しているのかわからなかった。ドアの内側で、必要以上に小さくなって、必要以上に息を殺して、待った。ポケットの中で、携帯電話が震えた。僕はポケットを手で押さえて必死で音を殺そうとした。その時、目の前のドアがすべて可視化されているような感覚に襲われて、足が震えた。しばらくの間、ドアを睨み続けて、可視化の波と戦った。奴らは行ってしまったのか、いくら待っても次の音は来なかった。息絶えた携帯電話を取り出して履歴を見るとそれは赤く表示されていた。折り返してはならない、という警告だった。

posted by 望光憂輔 at 02:25| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月08日

家出準備

 キックは空振りばかりだし、すぐに転ぶし、そんなチームから先制点を奪われたものだったが、僕はキックフェイントでキーパーまでかわしてゴールを決めた。祝福のハイタッチを交わしていると主審は、「3点取った方が勝ちにしよう」と言った。いいね、いいね、充分だとみんなが賛成してそういうことになり、その後も僕らが順調にゲームを支配していた。「あと10分で終わりにしよう」と主審が次の提案をするとみんなから不安の声が漏れ始めた。「なんだ、みんな。自信がないのか!」ベンチから監督の声が飛んだ。父は、ノートを広げて、キーパーの仕草をこまめにチェックしていた。父の仕事はいつも正確なのだ。

 次にやってきたシェフは、無言のままに厨房の奥に入るとフライパンを振った。強火に次ぐ強火で緑野菜を炒めると緑野菜は色づいて真っ赤に染まった。野菜に足を取られたようにシェフが落とした箸がテーブルの下に転がった。僕の方に転がってくれば拾おうと思ったけれど、すぐに転がりの勢いは衰えてシェフが手を伸ばした。当然洗うのかと思ったが、シェフはそうする代わりに構わずそれを再びフライパンの中に戻したのだった。その瞬間、父のペンが動き、何かをノートの中に書き込んだ。シェフは、出来上がった料理を皿に盛り付けると椅子に腰掛けて、無言で食べ始めた。その間、父のペンは動きを止めない。就業時間の終わりが来て、僕は何も食べられずに終わるのだとわかった。「包丁はどこ?」シェフの質問に答える義理など何もない。「知らない」こんなことならもう、ここを出て行こう。
 集めていた新聞記事を鞄に詰めようと持った時に、それが大変な重さであることを知った。それはすべて大事なものだったけれど、いよいよ本当に大事なものだけを選び抜かなければならない時が訪れたのだ。自分の部屋で1枚1枚読み返し、文章を胸の奥にしまった。最後に残った1枚どうしてもそれは、要約することも決別することもできないそれを持っていくことにした。1枚だけになるとあの重さはうそのように思えた。それは何かのショートショートのようだった。
 今出れば今日の内には着くだろうか。

「行くのなら今日はエレベーターはやめておきなさい」
 姉が言った。みんなみんな休んでいるんだからね。長い長い休みの最後の日だった。けれども、もっともっと休みは長く続くものとばかり思っていた。平日という言葉の手触りが何か懐かしく新しく恐ろしく感じられた。
「いってきます」

posted by 望光憂輔 at 02:47| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月04日

優しい眠り

 暗がりの中で男は頭をかきむしっている。やがてその炎に魅せられて鳥が飛んでると赤々と包まれながら燃え落ちた。鳥が落ちた後も、羽根がまるで生き物のように男の頭の周辺を舞っていた。やがて、男の首が落ちると日本の首相が演説を始め、みんなが眠り始めた。
 誰かが勝手にドアを開けて入ってきて、布団の上の僕を見つけるとあっと言ってドアを閉めた。何かの間違いだと思っているとまたしばらくしてドアが開き、さっきの女2人が入ってきた。今度は驚く素振りもなく、2人して意を決したように靴を脱いで上がり込んできた。2度目はためらわないというわけか堂々として、布団の先に陣取って胡坐をかいた。ここは私たちの部屋ですよという態度だった。「勝手に触るな」自分の家の物に触れるように彼女たちが、乾ききらない洗濯物の端に触れたのだ。昨日は晴れていたのにねと言って女は勝手にティッシュの一枚を抜き取って鼻をかんだ。「14階には空き部屋はないんです。もうずっとないんです。空いているのはごく下の方の階だけです」理屈を持って説得を試みると少し話が通じた様子で、女は顔を見合わせている。

 家に帰る坂道の手前に差し掛かり上を見上げると男が二本の長い棒を担いで駆け上がっていくところで、少しでもバランスを崩せばこちら側に落ちてくることは必至だった。他にも工事用車両が止めてあったり、所々で地面が抉れていたりして通行止めになっていないものの、通行しないことが賢明な道のように思われて、僕は引き返した。ずっと回り道をしなければならないと覚悟していたけれど、意外なことに家の裏の建物が取り壊されてそこに近道ができていたのだ。掘り返され踏み固められた土の上を、僕はボールを足で転がしながら進んだ。道沿いには剣を持った戦士たちが並び、次の指示を待っているようだった。「息子です」僕は誰かに止められないよう、そこを通り抜ける正式な資格を持った者であることがわかるように、声を上げながら進んだ。「息子です。息子が通ります」

 廊下には明かりがなかった。玄関は閉まっていないのは、何も盗まれてこまるようなものがないためだろうか。みんな盆踊りに行って、家の人は留守だった。家の中もやはり明かりはつかなかった。何もすることがなく、しばらく横になった。いつか、家の人が帰ってくることが不安で、眠ることはできなかった。
 家から少し離れたその場所は庭ではなく、草原だった。風呂に入りたくて足を踏み入れたけれど、そこにお湯も湯船もなく、仕方なく服を脱いで草の中に体を沈めた。草は体半分が隠れるほどには深く、僕はその中に体を浸しながらどこかから漏れ聴こえてくるオルガンの音をじっと聴いていたのだった。僕の他に人影はなく、近づいてくるのは冷たい夜の気配だけだった。昔、ミステリーサークルを作ったという老人の話を思い出したが、僕には何の道具もなかった。「人を楽しませたかったんだよ」両腕を目いっぱい伸ばして、くるくると草の中を回った。外に飛び出してしまうかもしれないと思ったが、草原は広く僕の回転記録は短いものだった。何度か回っている内、何か棒のようなものが僕のお腹に乗った。それから手荒く、僕の顔や体中を舐め回した。馬のようだった。幾つもの四肢が歓迎を込めた足取りで僕の元に集まってきた。馬ではないもの、肉食動物も交じっているのかもしれない。けれども、敵意を持ったものはいないのだ。みなはそれぞれに祝福の鼻を僕の顔に近づけ、喜びの舌で僕の全身を舐めた。動物たちはみんな優しかった。「みんな。優しい」

posted by 望光憂輔 at 18:23| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

JOKER

 既に四枚の七が並んでいたけれど、僕の手元にはダイヤの七が残っていて、それは大事に取っておいたのにもう意味が薄まっている気がした。タケちゃんが、クラブの七を出して並べたので、七は五枚になり続いてミサちゃんがダイヤの七を出したので七はまた増えてしまった。ダイヤの七に関しては、僕のを入れて三枚はあることになる。こんなことあり得るのだろうか、という疑問を口にする人はいないのだから、これはそういうゲームだろうし、僕が出し惜しみしたり七を大事に思いすぎていたのだろう。

 プラットホームを歩いていると店長が歩いてくる。今まで何をしていて今僕はここを歩いているのか、説明文を組み立てながらできることなら気づかずに通り過ぎるように願っていると、再び顔を上げた時にはもう店長の姿はなくて、僕の体は電車の中にあった。先頭車両はむき出しの形をしていて、運転席はなかった。そのまま倉庫の中に入っていくと照明が消される。「これより先は企業秘密になります」とアナウンスが流れて、闇の中に入ると草原の風が体中をくすぐった。獣の匂いが、流れてきた。

 通路の真ん中では子供が玩具箱をひっくり返して遊んでいる。縫いぐるみを手にして、誰が近づいても視線を低く保ったまま、絨毯の上にくっついている。子供の遊び場を回っていく内に、地下深くへ進んでいるはずなのに、いつまで行っても改札口に行き着くことができなかった。こんなことならエレベーターを使うべきだったと後悔しながら、子供と玩具の間を縫って歩いた。縫いぐるみを投げ出して男の子がこちらに寄ってくる。「ごめんね。僕は、歌のお兄さんじゃあないんだよ。通行者で、きみたちが妨げようとする対象者なんだよ」木琴の音階が下がっていき、ようやく玩具のループを抜け出して、視界の開けた場所に出た。ボーリング場、マクドナルド……。改札口はなかった。数時間前に来たことがあるような気がしたけれど、それはまた別のマクドナルドなのかもしれなかった。パブリックビューイングでは、コーヒーを飲みながらあるいは漫画を読みながら、大勢の人々が過ごしていた。僕も膝を折って、一休みした。JUDY AND MARYが演奏を終えて、音が消えると長い沈黙が訪れ、今まで埋もれていたシャーペンの音や人々の寝息が急に顔を出した。しばらくして、「JOKER 」の予告編が流れた。

 観葉植物が壁を作ってゴールを守っていた。ボールをセットした遠藤の周りに幾人もの遠藤が駆け寄ってひそひそと相談をする。遠藤が一斉にボールを蹴ると木々の間を抜けて行った。最後の砦、折り重なったキングの七が次々と倒された。遠藤らが人差し指を突き上げて、ジャングルジムの前に集合すると、その指を目指して蜻蛉たちが集まってきた。みんなの眼は、ハートに輝いている。

posted by 望光憂輔 at 02:19| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月03日

落ちる

「私が言っているのはね、老人に対する物言いについてなのだよ」
「はい。何分新しいものですので……」という声の流れを僕は顔を伏せて、そこに自分は存在していないように静かに静かに気配を消して、事が落ち着くのを待っている。怒りは徐々に収まりつつあった。床の上のゴミを拾った。あちらにも、こちらにもゴミが散らばっているのだ。袋の1つを拾った時、袋が裂けて中からポテトチップスが飛び出してしまった。誰かがちゃんと食べ切らなかったのだ。塵取りを探して、うろうろとした。自動ドアの向こう、外はまた雪が降り始めていた。今年ももうすぐ終わるのかもしれない。今は何月だったろうか。

 3月の中から男が現れた。「何なのそれは?」古めかしい機械を大事に抱えている人に誰かが言った。「そんなものもう使えない。意味がないよ」馬鹿にしたように言う。「それを言うなら、年に1度しか着ない制服だって意味がない」と反論する。そろそろ集合写真が始まる気配を感じた。「見回りに行って来ます」小さな声で言ったけど、誰も止めないので僕は歩き出した。その場を離れるにつれ解放感が強まってゆく。

 2階への階段を上り始めたところで頂上から崩れてしまった。階段は絵に描かれた階段だった。失望に足を止めていると誰かが絵の端を持ち上げてもう一度橋を架けてくれた。勇気を出してもう一度、絵の階段を上り始めたけれど、チャイムが鳴って道は途絶えてしまった。降りてきた階段の絵に、僕は包まれてもがき苦しんだ。どこかにあるはずのホックを探して、もう一度つなげるのだ。どこかに、それはある。
「みんな注目!」
 いったいどこに見るべきものがあるというのか、それとも僕が苦しみから逃れ出てくる瞬間を待ち望むというのか……。いずれにしてもそんなことは関係なく、僕は僕の手掛かりを見つけ出すだけだ。どこかに、どこかに。


posted by 望光憂輔 at 01:58| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月02日

ヤナギ

「空想から眼を逸らすな。
現実の中に逃げ込まないで空想を信じて見つめ続けること」
 ヤナギは言った。

 非常ボタンにも見えたものは単なる赤い磁石で、強い力で制御版にひっついているので、誰が来るか押してみたくなった。押しても誰も来ないかもしれない。
「だから押しても無駄だよ」と僕が言う。
「だから押しても大丈夫だよ」すぐにヤナギが変換してしまう。

 オランダの船が近づいている中、日本代表は剣術のチェックをしている。
「やーっ!」
 宮本コーチが剣を振るっている。
「ここは今、どうなっているんです?」
「時間さえあればちゃんと説明できるんだが」
 船が近づいているので、時間がないとコーチは言った。

「名前を書いてお待ちください」
「どうにかしなくちゃどうにかなってしまう」
 マネージャーが言うので、僕も手伝うことになった。
「宇宙服を着てもいいでしょうか?」
 まあいいでしょうとマネージャーは言った。色んなことに構ってはいられない様子だ。

 海を見ながらジンジャーエールを飲んでいると獅子が近づいてきて、僕の横に寝そべった。そのまま大人しく寝そべっているが、大きな獅子が海辺にいるのは人目を引くようで、徐々に周りが騒がしくなっていき、ジンジャーエールを飲むどころではなくってきたが、無関係を装うためにもあえてジンジャーエールをゆっくりと口に含み味わうことにしたのだ。時々、獅子はジンジャーエールが羨ましいのか泡の弾ける音に耳を傾けながら、その澄んだ鋭い瞳をグラスに向けた。欲しいと声に出せば割れてしまうほど、獅子は髭を蓄えていた。やがて、僕は猛獣使いとして人々から恐れられていることを知った。
「猛獣使いがジンジャーエールを飲みながら、海を見ています」
 誰かが警備員に密告したのだ。
 ジンジャーエールを獅子に与えて、ここから逃げ去るべきかと考えた。獅子は、本当にジンジャーエールを受け取るだろうか。
「あげても無駄だよ」と僕は言う。
「あげても大丈夫だよ」すぐにヤナギが変換してしまう。
 帽子に付属した足が歩いてきた。
「ほんの使いだよ」
 それはストローの使いだった。
「逃げ道を教えに来ました」
 そう言ってストローの使いは、宇宙服の中に切符を差し入れた。

「車掌さんが回ってきたら、すぐに切符を見せたら負け。
そうすれば、何か後ろめたいことがあると思われてしまう」
 少し間を置いて見せるようにとキットは言った。
「おひとりさまと軽く見ていたら、エトーさまは2人、3人と平気で抜いていくものだからそれは大慌てだったよ。ひとりではないのかと言ってマネージャーが人数をもう一度確認するように誰かに言って、誰かは訊かれてもいないけどそれがエトーさまだと言ったら、マネージャーはどうしてそれを先に言わないのと真っ赤になって怒ってね。人がせっかく話しているんだからあくびでもしたらどうかね」
 そう言われてもあくびは出なかったが、口を開けて聞くようにした。
「だったらBOX席に案内しないかということになって、エトーさまを改めてBOX席に案内することになったのだよ。あそこの立場が空きました。さあ、立ってゆっくり話そう」
 それから延々とキットの話は続き、一度も車掌は回ってこなかった。

「高いところから失礼します」
 太陽が呼んでいる様子だったが、高いという感覚が湧かなかった。それよりもあの木の上にいる生き物の方が高いという感じがした。下りてきたら勝負してやるぞという眼で僕は生き物を睨みつけ、実際に下りてきたらいつでも逃げ出せるように踵を浮かせた。ゆっくりと日が落ちてきた。
「探しましたよ」
 マネージャーは手伝ってくれたお礼をすると言った。あまりに忙しかったので、何もわかってないようだった。
 BOX席に案内してくれ、売れ残ったイチゴケーキを運んできてくれたが、イチゴそのものは売れてしまったと言い、感謝と非難の同居した箱の中で僕はフォークを取った。
「怒っては駄目。怒りを空想に変換するのだ」
「空想なんて、すぐに消えてなくなってしまうじゃないか」
「本当のものはいずれ消えてゆくものだ」
 ヤナギは言った。
「どうして宇宙服を着ているの?」
 思い出したように、マネージャーが訊いた。
「今からでは思い出せませんよ」

 砂浜に置かれた丸い果物の周りで男たちは順番に剣を構え、近寄ったり離れたりしていた。ここぞという場所に立ち止まり剣を振り下ろすが、それは砂を切っただけだった。次の男が剣を高く構えて誰かのコーチングに沿って、目的物に近づこうとするが、砂に足を取られて転倒してしまった。みんなの笑い声が渦となって風に溶けた。けれども、宮本コーチの甲高い声が、風を引き裂き砂を戦艦のように重くした。
「真剣にやれ!」
 船がゆっくりと近づきつつあるようだったが、オレンジの光に包まれて見えなくなった。獅子は、眼を細めてその様子を見つめていた。


posted by 望光憂輔 at 16:56| ピリオド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

お菓子パーティー

 反転した車の中から脱出すると他の車もみな同じように反転したり、逆立ちしたりしていた。幾つかの車が自力で立ち直り、足の踏み場もない廃墟の中を脅威的な操作によって抜け出ていた。しばらくして、その中の一台の車が帰ってきて、窓を開いた。「あいつら、盗みやがったぜ!」それがピクシー将軍だった。その声を聞いて、みんなは奮い立ったのである。
 地下世界では、ピクシー将軍が名乗りを上げたという噂話で持ち切りだった。その名を聞くにつれて、次々と各界の有志たちが立ち上がっていったのだった。最初の階段に足を乗せると兎が名乗り出て、次の段に足を乗せると百獣の王ライオンが名乗り出るという調子で次々と、木星の衛星エウロパ、紙の使い紙風船、イオンサプライポカリスエット、落語の下の座布団、規律に厳しい大学ノートなどが集まったのだった。僕がその日、階段を上り切る頃にはもうえらいことになっていたのだった。

 明け方にお菓子を食べる音が漏れてきて、僕もそれに合わせてお菓子を食べて、菓子を鳴らせた。それは仲間であることを伝えるサインのようなものだった。もう、起きているぞ。心はひとつだぞ。僕も一緒に、ここにいるぞ。お菓子を鳴らすと、また向こうからお菓子の鳴り音が返って来た。それを聴いてまたお菓子を食べ鳴らした。三度鳴らすと三度、一度だけ鳴らすと一度だけ返ってくる。数え切れないほど鳴らすと、やはり数え切れないほどのお菓子音が鳴り戻ってくるのだった。違った種類の鳴りが聴こえてきて、何か違う種類のお菓子を食べ出したのだと思ったけれど、どうやらそれは思い違いで、他にもお菓子を食べている人がいるようだ。徐々に音は広がっていき、静寂を凌ぐ勢いにまで膨らんでいった。意図を持って食べている人もいれば、ただお菓子を食べている人もきっといるのだろう。けれども、最初にお菓子を鳴らし始めたのは僕たちだ。

 エンジンをかけて両翼を開けたままにしておくと、見知らぬ人が早速入り込んできた。「どうぞ!」フロント硝子の向こう側で、いよいよ壮大なゲームが始まろうとしている。当たり前のように男女が入ってきて、勝手に話し始めている。あまりに当たり前の様子、誰でも入れるのだという様子がもやもやとしてきて、今度はどうぞとは言わなかった。「風呂かよ!」とうとう気まずくなってきて、気がつくと言葉が出ていた。それは冗談のつもりで言ったのだったけれど、誰も何も返さなかったのでまるで笑いには到達しなかった。男は救急箱のような形のそれを開いてお菓子を食べ始めた。女の子も遠慮しながら手を伸ばして食べている。「もらうぜ」当然の権利として、僕もお菓子に手を伸ばした。ここは僕の家みたいなものなのだから。ポテトは三種類あった。牛、豚、鶏ささみ味とそれぞれ箱に書かれている。


posted by 望光憂輔 at 03:06| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月01日

再出発

 渡すべきかどうかわからないままに、彼は帰ってしまう。封筒を開けて、やはり渡すべきものだったと思って、手紙を破り捨てた。どうして監督は手紙のことを何も言ってくれなかったのだろうとしばらく監督のことを責めていた。ふとしたところから、今日やるべきリストが見つかり、その中に手紙のことが大きな文字で書かれているのを見つけると、今度は破り捨ててしまった自分の行いに対する後悔があふれ、外へ飛び出した。

 助走レールを回って電車は速度を上げながら、旅立ちの準備をしている。三つ目のカーブに差し掛かったところで、前の車両の上半身がちゃんとはまっていないことを僕は見つける。「はまってない!」僕の叫びで電車は緊急停止して、整備員が集まってくる。もう一度元の場所に戻って整備がやり直され。「お待たせいたしました。再出発いたします」電車は再び、助走レールを回って速度を上げ始める。三つ目のカーブに差し掛かったところで、またしても前の車両の上半身の角が少しずれているのを見つけて、「はまってない!」と僕は叫ぶ。すぐに電車は緊急停止して、整備員が集まってくる。列車は元の場所へと戻されて、念入りな点検が行われる。僕はその間、破いてしまった手紙の復元作業を続ける。お元気ですか? どれくらいお元気ですか? 空に喩えるならどんな模様ですか? 私はどうにかこうにかかれこれこうで元気です。拝啓。「長らくお待たせいたしました。再出発いたします」ようやく点検を終えて、電車は助走レールを回って速度を上げながら旅立ちに向かって行く。窓を開けて、整備員たちに手を振った。三つ目のカーブに差し掛かったところで、前の車両がゆっくりと視界に入ってくる。上半身の一部が確かにちゃんとはまっていないことを僕は見届ける。「はまってない!」僕の叫びによって電車は緊急停止する。すぐに整備員が集まってきてすぐに結論が出される。電車は元の場所に戻されて総合的な整備が行われる。次第に乗客たちは、その繰り返しに慣れ始めていて、それぞれに時間の潰し方を見つけ始めていた。拝啓。お元気ですか?その節は、大変お世話になりました。あなたの作業にはミスが少なく、とても助けられていました。三つ目のカーブに差し掛かったところで、前の車両が折れ曲がりぐっとこちらに近づいたように見えた。窓の向こうに見える乗客は、彼ではないだろうか。けれども、徐々に陽射しが再会の可能性を遮ってしまう。上半身の角が少し浮き上がっているのを僕は見つける。「はまってない!」列車は急停止して、整備員たちが集まってくる。「ずっとだぞ!」僕はついに抗議の声を上げた。(何度でも見つけるぞ。何度でも、見つけたら言ってやるぞ)乗っているから、僕は一番見つけやすいんだ。「あの子の言う通りだ」年長の整備員の中の一人が言った。組織は円陣を組んで、話し合いが持たれている。

 拝啓。気がつくと僕は車の中に押し込まれて、坂道を上がっていました。他にも何人か五人か六人ばかりの人が押し込まれて、車の中はぎゅうぎゅう詰めの状態で、天井から突き出ている人もいるようです。坂道を一生懸命上がるために、加速を試みるエンジンの唸りが聞こえます。正確なことは何一つわかりませんが、急いでどこかへと向かっているようです。


posted by 望光憂輔 at 02:01| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月28日

星のサーカス

「何かあるの?」渡り廊下に寝そべりながら訊くと、「サーカス団が来るんだ」と答えた。「サインはした?」ここに居残っているにはサインしておかないといけないのだろうか。「あれは花見のアンケートだと思って」それだから、サインをしたのだったか、しなかったのか結局のところよくわからないのだ。アンケートは確か三回ほど回ってきたのだった。「まあいいんじゃない」と彼が言うからまあいてもいいのかもしれない。「サーカス?」こんなところでサーカスなんて。「これからだんだん人が集まってくるよ」
「サーカスが始まるよ!」崖の上のお兄さんとお姉さんが、右手を突き上げながら叫んでいる。高い高い崖の上からだけど、声は驚くほどよく通った。「世界一のサーカス団がやってくるよ!」お兄さんとお姉さんが崖の上で飛び跳ねるので、山も一緒になって伸び縮みしている。「みんなもお友達をつれてきてね!」お兄さんとお姉さんが叫ぶ度に、渡り廊下の興奮が高まった。寝そべって待っていた人も、徐々に立ち上がってお兄さんとお姉さんの方を見上げ、手を振っている。何人かの人が、お友達をつれに廊下を下りていった。

「駐車場はこっちです」けれども、もうほとんど駐車場はサーカスを見るために集まった車でぎっしりと埋まっていた。「折りたためるものは折りたたんでください」みんなそれぞれの工夫でなんとかして、車を納めようとしていた。みんなサーカスを見るために集まってきたお友達なのだから仲良くしなければならないからだった。「重ねられるものは重ねて置いてください」傷つかないように、タオルを敷いて、車の上に車を置いた。重ねる方も重ねられる方もそれなりに心配があって、三段重ねまでというのが暗黙のルールになっていた。「ちゃんと枠の中に止めてください」もう枠には余裕がなくなっているのは明らかだった。止めることはいいけれど、後で出すことは可能なのだろうか、みんなそのような止め方をしている。新しく来た友達に、僕はマジックを差し出した。「枠がない時は、自分で書き足してね」

「もうすぐサーカスが始まるよ!」お兄さんとお姉さんが飛び跳ねて、勢い余って崖から落ちてしまった。あっ、と渡り廊下の人々は叫ぶけれど、実は大丈夫で、すぐにお兄さんとお姉さんが元気な顔を現した。お兄さんとお姉さんは、一段下の場所に移っただけだった。「さあ、みんな! もうすぐサーカスが始まるよ!」

 サーカス団は庭に舞い降りて、幾つもの手の中で大小様々なボールが飛び跳ねている。それは火のように水のように生き生きとして男の人の手から女の人の手から立ち上がり、空に向かって躍動している。音符のようにリズムを持ってそれは色とりどりの飴玉のように夜に向かってあふれ、絶え間ない運動の中で徐々に成長して天に向かうようだった。渡り廊下のみんなはうっとりとそのサーカスが作り出す生命体を見つめている。ある者はその一つに触れてみようとして手を伸ばした。決して触れることのできない別世界に。それは湯気のように男の子の手から立ち上がり、泉のように女の子の手から湧き上がり際限のない空へ向かってゆく。サーカス団の手の平は永遠の雨を作り出す無限の雲のようだった。無数のジャグリングの中で、ゆっくりとその一団は移動を始めていた。そして、人々は今までその巨大さにも関わらず、それが空を降りてくる気配に気づかなかったが、今それは、目の前に巨大な姿を現したのだ。
 人々の注視の中、ボールはついにサーカス団の手を離れて大きく開かれたクジラの口の中に、吸い込まれてゆく。クジラの目が瞬き、体全体がこの上なく美しく母のように優しく色づいてゆくのがわかる。最後の一つを、呑み込んだ時、クジラは新しい星を生むのだ。今は、誰もが美しいボールの躍動と艶やかなクジラの両方に目を配っていた。その時、男の子の手から離れたボールの一つが軌道を誤って、夜の向こう側へと消えた。その行く末を、誰一人見届けることはなかったけれど、待ち受けていたクジラの様子で人々はそれを知っていた。クジラはしばらく当惑したような表情を浮かべていた。渡り廊下がざわざわとし始めた頃、ようやくクジラは目を伏せてため息をついた。少ししてから、風がやってきた。

posted by 望光憂輔 at 00:15| 夢まち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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